上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
                   職場復帰しました!!
 1月16日の裁判報告会には、60名以上の支援者の皆さまが来てくださって、本当にありがとうございました。あたたかい祝福の言葉をかけていただいて、感激しました。
おかげさまで、1月25日に、念願の職場復帰を果たしました。

 新しい職場は、雇い止め以前に在籍していた経済学部ではなく、アフラシア多文化社会研究センターです。正直に言うと、「トラブルメーカー」「危険人物」として、冷やかに扱われるのではないかと不安を抱いていました。
しかしセンター長、事務局長、博士研究員や他のリサーチアシスタントの方々に、大変あたたかく迎えていただき、ホッとしました。その中には、ユニオンで大学の非正規雇用問題に取り組んできた方もいて、今回の私の雇い止めの経緯を知って「これはひどい」と思ったそうです。
 私の身分はリサーチアシスタントですが、専用の個室、コンピューター、電話、プリンターまで揃っていて、職場環境は、以前より格段に良くなりました。

 唯一つ、悩みの種は遠いこと。以前は深草でしたが、今度は滋賀県瀬田。大阪田辺から通うと2時間近くかかります。2年近く「毎日が日曜」の生活をしてきた身には、ちょっと大変ですが、そのうち慣れると思います。
 
 こうして、職場に戻ることができたのは、皆さんのご支援の賜物です。
これからも常に感謝の気持ちを忘れず、仕事に取り組んでいきたいと思います。ありがとうございました!!
スポンサーサイト
2012.02.01 / Top↑
    若い人に伝えたいこと
    「夢は叶う」イデオロギーと自己責任論

 先日、佐賀大学の集中講義に行ってきました。
 担当科目は「国際経済論」。半分はこれまでのフィールド調査に基づいて、インドネシアやスリランカの出稼ぎ女性労働について話しました。
  ・ 労働力の女性化、男性の不安定・不完全就労、女性の稼ぎ手化
  ・ 海外出稼ぎ女性問題、出稼ぎあっせん業、「債務奴隷」、不法就労
  ・ 中東湾岸諸国のハウスメイド、現代の奴隷制、搾取と虐待、
  ・ 日本のホームレスの現状、ジャワの物乞い、ホームレスは自己責任?
  ・ 若年層の雇用問題、新卒就職難、非正規雇用の急増、ワーキングプア

 この中で、私が一番学生の皆さんに伝えたかったのは、日本の貧困と雇用の現状です。リーマンショックに象徴されるように、国際経済と密接な関係があります。
 椅子取りゲームの例を挙げ、椅子の絶対数が全く足りない以上、どんなに努力しても、誰かがあぶれる。
それは果たして自己責任なのかということを、考えて欲しかったのです。

 学生の半数は、4回生。就活を通じて、おそらく私以上に雇用状況の厳しさを肌で味わっていると思います。それでも周囲は「夢をもって努力すれば必ず叶う」「あきらめるな」「がんばれ」などという言葉を掛けます。
 いくつも不採用が続くと、当人は「自分の努力が足りないのではないか」「能力が足りないのではないか」と、周囲の励ましや期待、そして世間に流布している「自己責任論」によって追い込まれていきます。自己評価が下がり、自信を失い、ますます力を発揮できなくなります。

 今、学生の皆さんが直面している就職難は、政治的経済的構造的な問題だということを、さまざまな角度からお話しました。だから決して自分を責めてはいけないと…
 賛同人でもある湯浅誠さんが貧困に陥る5つの排除ということを言っておられますが、その中でも最も深刻で危機的なものは「自分自身からの排除」です。自分で自分を見捨てたら、もう死ぬしかありません。日本の野宿者(とくに男性)と話していると、そういう人が多い。「ホームレスになった自分は人間のクズ」「自分が死んでも悲しむ人なんていない」「もうどうなってもいい」と、生きる意欲そのものがないのです。自殺未遂を経験した人も多い。

 「仕事がないことは自己責任ではない」という言葉は、何の解決にもならないかもしれない。
 でも少なくとも、「自分は十分に努力したけど構造的な問題で失敗した」と知ることが、「自分自身からの排除」という究極かつ最悪の排除から貴方自身を救うのです。
 そして、真に責めを負うべき者たちに、抗議の声をあげることもできる。
 その声を広げて、現実を変えることもできるのです。

 授業の終わりの小テストでは、70%以上の学生さんが「椅子取りゲームで座れない人は努力が足りなかったわけではない」と回答しました。いくつかの感想を紹介します。

「本人達の努力だけでなく社会の構造に問題がある、必要以上に自分を責め自信を無くすなということを聞いたとき、求職中の自分は救われた」
「個人の責めに帰すような考え方が一般的になっていることは、非常に残念。このような社会構造は改善されるべきだと思った」
「何社も受けて就職が決まらなかったら、自分は努力不足、能力不足と自分を責めるかもしれない。そんなとき今日の話を思い出したい」
「内定が決まらなくて絶望している先輩の姿を見てきました。大学に入ればある程度のところに就職できると思ってたので、騙された気分です」
「格差社会がさまざまな面に波及している恐怖と焦燥感を感じます。それをその人の問題と片付けるのは許されないと思う」
「私は就職できない人は自己責任、努力不足と思ってたが、話を聞いて考えを改めねばならないと思った」
「講義を聴いて気持ちが楽になった。世論で当人の質や性格の問題と言われているのも、性質の悪い論点のすり替えで騙されていたんだと」
「企業は株主配当や内部留保ではなく、雇用を作るべき」
「企業は労働者が消費者であることを考えて欲しい。若者に金はやらないがモノは買えというのはおかしい。正社員として適切な給料で雇うべきだ」
「親たちは大学に行けば安定職、高収入の仕事に就けると未だに盲信していて、自分の子が就職できないとだらしない、情けないとプレッシャーをかけてくる。自己責任ではないとういことを聞いて、求職中の自分は救われた」

 そもそも「頑張れば夢は叶う」という言説は、思想でしょうか、イデオロギーでしょうか、それとも「宗教」でしょうか?
「頑張れば夢は叶う」という考えは「夢が叶わないのは努力不足」という自己責任論と結びつきます。
本来は政治経済や企業社会の責任である格差や不平等から、目を逸らさせるには好都合です。構造的に排除された者たちは、社会の責任を問わず、ひたすら自分を責めてくれるので、ストも革命も起きず、自殺者は激増しますが、大企業もその傀儡政権も安泰です。 

 「夢は見るものではなく叶えるものだ」なでしこジャパン澤さんの言葉です。
 でもそれはスポーツの世界で言えることです。スポーツには誰に対しても公平なルールがあるからです。高橋尚子でも私でもマラソンで走るのは42.195km。日々努力を重ねれば、運動音痴の私でも、確実に記録は良くなっていきます。
 しかし、現実は違う。最初からスタートが40km地点で、易々とゴールして「勝ち組」に収まる人もいる。
 その一方で、何百キロ走ってもゴールすら見えず、力尽きて「負け組」に堕ち込む人もいる。

 これは公正な競争と言えるのでしょうか? 

 市民運動や労働運動に関わっている人、社会問題の意識が高い人ではなく、今回の集中講義の学生さんのようなごく普通の若い人、就活で悩んでいる人に、この「夢は叶う」イデオロギーの欺瞞性を伝えることが、非常に大切だと今回の講義を終えて、痛感しています。

 佐賀大学経済学部の皆さん、私の話を真摯に受け止めてくれて、ありがとう。
 そしてこれからどんな困難にぶつかっても、決して自分を責めないでください。
2011.08.21 / Top↑
非正規労働者は死ねというのか!
-関学雇い止め、大阪府労委命令書に寄せて-


 2011年5月26日、関西学院大学障がい学生コーディネーターをしていた大椿裕子さんの解雇撤回を求める救済申し立てに対して、「全面棄却」とする命令書を出した。
(詳細は大阪教育合同労組HP http://www.ewaosaka.org/jp/index.html )
 大椿さんは、4年期限の有期雇用であったが、学生と時間をかけて信頼関係を築き上げることがとりわけ重要な障がい学生支援職を、4年で切る合理性はどこにもない。
そこで大椿さんは雇用の継続を求めて、大阪教育合同組合に加入した。それまで大椿さんの雇用替えなどによる継続雇用の道を探っていた大学側は、途端に方針を変えて2010年3月に解雇を強行した。

 これが不当労働行為でなくて、なんだというのだ?

 しかし驚いたことに大阪府労委は、大学側の張をそのまま認める形で、大椿さんの組合加入前から、4年で雇い止めになることは決まっていた。それに対する十分な説明はしてきたというものだった。 彼女と同じ期限付契約職員(非組合員)が職種替えで嘱託職員になり、同じ仕事に従事していることや、上司が継続雇用を求め大学側に働きかけていた事実については、一切触れられていなかった。

大阪府労働委員会のホームページを見ると、その業務について2番目に
(2) 不当労働行為の審査《審査機能》 
簡易、迅速な手続によって、実質的に団結権を保障するべく不当労働行為の事実の存否を判断し、現状回復のための救済措置を行うこと (下線嶋田)
とある。
 だとすれば、組合の団結権の保証もせず、不当労働行為を容認し、大椿さんの解雇撤回・救済を行わない府労委は、自らの職務を放棄していると言わざるを得ない。

労働委員会のひどさは、関学事件に限った話ではない。
パナソニックPDP事件では、公益委員にパナソニック側の利害関係者が入っていたという。なかまユニオンと吉岡力さんは、直ちに忌避申し入れをしたが、大阪府労委は、これを却下した。過去にも明治乳業など中労委で同様の事例があったという。
「公正・中立」の公益委員が聞いてあきれる。

 財政赤字、財政赤字と言うのなら、消費税の値上げの前に、機能を果たしてない労働委員会など、真っ先に廃止しては、どうか?
 血税を使って、労働者の味方のような仮面を被って、救済どころか地獄に突き落とすような命令を出すとは、国民に対する詐欺ではないか?

裁判所は、京大雇い止め事件の例のように、非正規・有期の雇用継続を認めない。
そして、労働者を救済するべき労働委員会までもが、使用者側の言い分を追認するのみだ。

嗚呼、いったい我われ非正規労働者は、どこに助けを求めればいいのか?
使用者側の都合で放り出され、裁判所にも労働委員会にも見捨てられ、路上で果てるしかないのか?
この国は、約1800万人の非正規労働者は全て、野垂れ死ねというのか?

 京大事件の井上さん小川さんは、大阪高裁に控訴した。
 関学の大椿さんも、中労委に再審査を申し立てるとともに、大阪府労委に抗議文を出した。
 いずれのケースも、非正規労働者の人権を踏みにじる否判決・命令書だった。
しかも高裁や中労委でかよりマシな結果が出るという可能性は薄い。
それにも関わらず、闘いの継続を決意した三人の勇気に敬意を表し、拍手を送りたい。

私たちの真の敵は、企業や大学などの使用者でもなければ、裁判所や労働委員会ではない。
困難な闘いの途中で、私たち自身の中に生まれる「諦め」や「絶望」なのだ。

2011.07.03 / Top↑
6月1日第6回裁判後の集会で、(特活)JIPPO専務理事で、「雇用継続を求める会」呼びかけ人でもあり、私の大学院時代の指導教授でもある中村尚司先生から、福島南相馬などの原発事故被災地の現状を報告していただきました。
スリランカ研究をご専門とする中村先生は、「民際学」という立場から日本国内問題についても、被差別部落、滞日外国人、野宿者などの問題について、独自の視点から取組んでこられました。
今回の福島原発事故被災地報告においても、巷での議論とは一味違った提言をされていたので、集会に参加されなかった皆さんにも知っていただきたいと思って、ご本人の許可を得て、掲載することにしました。
「目からウロコ」だったのは、放射線治療などの例をあげて、ただ、闇雲に放射線を恐れるのではなく、「放射性物質や累積する放出放射線量との共生が必要」だとおっしゃっていたことです。
また、情報を制限し、当事者の判断を無視して、一方的な避難指示をするのではなく、情報を開示し、必要なライフラインを維持して、住民自身が判断できるようにということを、強調されていました。
原発を容認するということではなく、原発事故が起きてしまった中で、被災者にとって何が最善か、ということだと思います。確かに90歳のお年寄りを無理に見知らぬ「安全」な場所に移住させて、果たしてその人は長生きするのか、幸せな最期を迎えられるのか、考えさせられました。

 
福島原発事故の被災地を訪ねて
                                       中村 尚司
                                     2011年6月1日
南相馬市に赴く
 3月16日に『日経メディカル』のブログに医師の色平哲郎(龍谷大学非常勤講師)氏が次のように書いている。「いま、南相馬市が<陸の孤島>になっている。地震に見舞われ、大津波に襲われ、遭難者の捜索がやっと始まったところで、福島原発事故で<屋内退避>を命じられている。援助物資は福島市に届いているのだけれど、南相馬市を<汚染地域>扱いにして、車で40分もかかるところまで<取りに来い>と言われている状況だった。風評被害がひどい。同市の桜井勝延市長とは十年来の友人だ。昨日、彼は、夜のNHKニュースのなか、電話で窮状を訴えた。しかし、今日17日、直接電話で話してみると、状況はまったく改善されていなかった。国は、南相馬市を見離さないでほしい」これを読んで週末に、地震、津波および原発事故の三重苦の下にある被災地を訪問しようと思い立った。
 PARCの小池さんから、福島県建設事務所の二瓶宏孝さ んが南相馬市民の避難所に詰めていると聴き、さっそく連絡を取る。二瓶さんは、日本評論社に在職中、『経済セミナー』誌に連載していた拙稿の編集を担当していた旧知である。東京からUターンして県職員になっている。東北新幹線は、那須塩原駅まで運行しているので、駅まで迎えに来てくれるという。さらに桜井 市長との面談機会も設定してくれる。
  東京駅で東北新幹線に乗り換え、午後1時40分に現在の終着駅である那須塩原駅に着く。二瓶さんが迎えに来てくれ、国道4号線を北上する。運転席には、放 射線の計測器が置いてある。県庁職員で数年前からガイガー計測器を持っているのは、二人だけだという。郡山市内では、2マイクロシーベルト前後の放射線数 値が表示されている。そこかしこに、道路の亀裂や屋根瓦の落ちた家を散見する。しかし、神戸淡路震災に比べると、破壊の程度ははるかに小さい。郡山駅東口 のスーパーに行き、南相馬市秘書課から依頼のあったレトルト食品やジュースを買い車に積み込む。
  二瓶さんの実家は、地震で柱が2本折れている。余震であと2本折れたら、保険の全損扱いにある。私が泊めてもらっているうちに全壊したら困ると思いなが ら、余震のたびにビクビクする。夜、手作りの夕食をご馳走になりながら、二瓶さんから今回の災害の特徴について話を聴く。福島県浜通りの場合、宮城県と異 なり、地震と津波に加えて、原発の放射線漏れが最大の課題である。現在のところ、南相馬市でも放射線による被災はないが、原発の半径20キロ圏内、30キ ロ圏内、その圏外にまたがっているため、退避の実情が多様であり、見通しの立たない避難生活が住民を苦しめている。飯館村(30キロ圏外)と比較すると、 現実の放射線計測値は、相対的に低い。
 翌4月3日(日)の朝、4時半に起床する。気温は氷点下で寒い。郡山の日の出は、京都より30分くらい早い。二瓶さんが、おにぎりとみそ汁の朝食を用意してくれる。午前7時半に出発する。飯館村(3マイクロシーベルトを超える放射線を検知)を経て南相馬市に着いたのは10時 過ぎである。市役所は固い岩盤の上に建設されていて、震災による損傷はほとんどない。放射線の測定地も、1マイクロシーベルト前後で、郡山市や福島市より 低い。桜井市長は隣の相馬市に行って留守だった。東京からの救援物資を市役所の倉庫に降ろし、面談予定の12時まで被災地を訪問する。
  12時前に市役所に戻る。玄関前で前長野県知事田中康夫氏のチームが、パーキスタン風カレーの炊き出しをしている。小柄で痩身の桜井勝延市長が、簡潔に現 況を話してくれる。地震と津波による死者が、三月末現在で358名、行方不明が1140名もいる。約5千名の市民が市外に避難している。しかし、3月24 日以降は自宅に戻る世帯も増えている。当面の区域外就学希望が、約700件出ている。食料品店が開けない。郵便が届かない、金融機関が開かない、自由に市 内を往来したり、買い物したりできない現状を改めて欲しい、と政府に要請しているそうだ。
  原発から20キロ以内では、遺体の捜索や収容も思うにまかせないのが、深刻な問題である。政府や東電は3月末まで、放射線量の計測も発表もしていないの で、原発の風評被害が多い。そのうえ、ジャーナリストも電話取材ばかりで、40キロ以内に近づくのを恐れている。多くの子供たちが、ここに住んでいること を忘れて欲しくないという。杉並区長の厚意で提供を受けた、群馬県にある保養施設に避難している市民が増えている。
  JIPPO理事会における橘理事長の発言を引用しながら、京都で被災者の子供や患者の受け入れに努力すると伝える。別れ際に、「よく眠れない日が続くで しょう。長丁場になりそうですから、十分に休養をとってください」と声をかけた。「私はマラソン・ランナーですから、持久力があります」という返事が印象 的だった。

さしあたって応援すること
 5月初旬に再訪し、被災地物産を仕入れ、同月9日からJIPPOで販売を始める
 風評被害に負けないよう、6月1日から龍谷大学の深草および瀬田学舎でも販売。
 緊急に必要な支援物資を届ける準備(相馬高校のエアコン35台など)。
 屋外に出られない小・中学生に野外活動の機会を提供する(富山、長野、京都の施設)。
 蓄積放射線量が増える一方なら、被災地からの移住を手伝う。
 孤立する被災地住民との交流を深める。
 
放射性物質や累積する放出放射線量との共生が必要
 放射線は感染しないので、扱いは法定伝染病とは全く異なるはず。
 がん患者の放射線診療と治療に用いられる核種と線量は、10シーベルトを超える。
 核実験による大気圏への放出量は、チェルノブイリ事故による放射能放出の約370倍。
 おなじく福島原発における核燃料の存在量は、主要な放射性物質で比較して約51倍。
 情報を制限し、当事者の判断を無視する大本営と同じ手法で、一方的な避難指示をする。
 90歳以上の老父母を抱えた飯舘村住民の苦渋に満ちた決断。去るも地獄、残るも地獄。
 必要な情報を開示し、最低のライフラインを維持し、住民の判断にゆだねるべし。
 1945年以降の放射線医学の知見を参照すれば、妥当な線量基準は見つかる。
 年間1シーベルトをうけると、がん・白血病の発病確率が増加する。

福島県南相馬市の海岸に大津波が押し寄せる瞬間



南相馬市の大津波
2011.06.03 / Top↑




インドネシアと私
 先日、マイクロクレジットのモニタリングのために、インドネシアに行ってきました。
 インドネシアに初めて行ったのは、1995年。龍谷大学経済学研究科修士課程のころでした。『バナナと日本人』で著名な鶴見良行先生の教えを受けたくて、龍大に入った私は、インドネシアを自分の調査地に選びました。インドネシア語が簡単だからです。
 鶴見先生は、私の調査のために受け入れ先の大学や先生、現地に住んでる日本人の方を紹介してくれたお陰で、渡航準備も整った矢先の94年12月、鶴見先生は突然亡くなりました。ショックのあまり、しばらくはインドネシアに行く気持ちも失せ、途方に暮れていました。
 常に「小さな民」の目線で、「歩く見る聞く」をモットーに東南アジアを歩き続けた鶴見先生。そういう研究姿勢を引き継ぐ研究者を育てることに情熱を燃やしていた鶴見先生。今、私がやめてしまったら、鶴見先生の想いを無にすることになる。そう思い直して、出発しました。
 私が向ったのは中部ジャワ、そこで最も魅了されたのが、ジャワの市場でした。ジャワのパサール(市場)は「女の場所」。そこには見たことも無い野菜や果物、軽食、惣菜などが並び、元気な女性たちが商売を繰り広げていました。その多くは非常に零細で、夜明け前から夕方まで働いても米1kgも買えないということが分かってきました。「どうしてこんなに収入が少ないのか」その疑問を解くために、市場の女性小商人を研究テーマにしました。
 以来、16年、インドネシアに通い続けています。


パサールワルンラナンの女性たち
 調査の中心となる市場を探すのは、予想以上に大変でした。零細な商人が多い小さな市場は、外国人への警戒感が強かったのです。市場選びが難航して、困り果てていたとき、アンバラワという小さな町にある小さなワルンラナン市場を訪れました。「この野菜は何?」「どこから仕入れたの?」と拙いインドネシア語で尋ねても、皆、嫌な顔一つせず、答えてくれる。「これ食べてごらん」と手作りのお菓子をくれる女性もいる。他の市場とは明らかに違う受容的な雰囲気に触れ、この市場を調査地に決めました。
1年間の調査を終え、日本に戻って修士論文を書き、1997年、私は博士課程に進みました。間もなく、アジア経済危機が起こり、インドネシア経済は極めて大きな打撃を受けました。あの女性商人たちは大丈夫だろうか、危機の影響を調べるために、99年から1年間再調査に行きました。危機の影響は予想以上で、零細商人の多くが廃業したり、ただでさえ少なかった所得が半減したりして苦しんでいました。それを目の当たりにして、無利子の融資を始めたのです。
 95年当時、100名近かった商人は、大規模市場などに押されて、50名余りに減っています。高齢化も進んでいますが、貧しくて十分な医療を受けられず亡くなった女性も多いのです。現在、客で賑わうのは、1日のうち2時間ほどで、あとは、閑散としています。
 今回、もう一つ気がかりな話を聞きました。オランダ時代からある今の市場を新築するというのです。新築すると場所代や税金も上がります。零細な商人ほど販売できなくなる恐れがあります。市場を管理するスマラン県の職員に聞くと、大丈夫だと言いますが、俄かには信じられません。他の市場の新築では、多くの零細商人が排除されています。インドネシアは上から下まで汚職社会なので、賄賂が払えない者は、その危険が大きいのです。新築によって客が増えると言う期待も、あまり持てません。


284名のインドネシア人賛同人
 アンバラワでのわずか5日間の滞在中、284名の賛同人が集まりました。最初に賛同してくれたのは、イスラム幼稚園の先生方です。雇い止めで裁判をしているという話をすると、その場にいた先生全員が即座に賛同してくれました。写真を見ると、顔を隠し、ちょっと近寄りがたい感じですが、元気のいい女性たちばかりです。
次に私と長い付き合いの市場のおばちゃんたちに頼みました。「うちとお父ちゃんも賛同するって」「5人の子供がみんな賛同するよ」というノリで、すごい勢いで賛同人が増えていきます。地縁・血縁に基づくコミュニティがまだしっかりしている社会なので、ネットワークは強力なのです。
雇用継続を求める会のHP(http://skoyokeizoku.jimdo.com)の賛同人一覧を見てください。多くは商人、日雇労働者、農民、修理業などの零細な自営業者で、皆不安定で不十分な収入しかありません。医療保険も雇用保険も年金も生活保護も普及していないインドネシアは、持たざる者にとって、日本よりはるかに過酷な社会です。その中で苦労してきた人たちだからこそ、私の雇い止めの痛みを経験から理解して協力してくれるのです。
Terima kashi banyak, teman-teman Indonesia !! (インドネシアの皆さん、ありがとう)href="http://blog-imgs-38.fc2.com/s/k/o/skoyokeizoku/20110501233139166.jpg"
target="_blank">イスラム幼稚園の先生方



ワルンラナン市場の女性商人たち
2011.05.01 / Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。