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6月1日第6回裁判後の集会で、(特活)JIPPO専務理事で、「雇用継続を求める会」呼びかけ人でもあり、私の大学院時代の指導教授でもある中村尚司先生から、福島南相馬などの原発事故被災地の現状を報告していただきました。
スリランカ研究をご専門とする中村先生は、「民際学」という立場から日本国内問題についても、被差別部落、滞日外国人、野宿者などの問題について、独自の視点から取組んでこられました。
今回の福島原発事故被災地報告においても、巷での議論とは一味違った提言をされていたので、集会に参加されなかった皆さんにも知っていただきたいと思って、ご本人の許可を得て、掲載することにしました。
「目からウロコ」だったのは、放射線治療などの例をあげて、ただ、闇雲に放射線を恐れるのではなく、「放射性物質や累積する放出放射線量との共生が必要」だとおっしゃっていたことです。
また、情報を制限し、当事者の判断を無視して、一方的な避難指示をするのではなく、情報を開示し、必要なライフラインを維持して、住民自身が判断できるようにということを、強調されていました。
原発を容認するということではなく、原発事故が起きてしまった中で、被災者にとって何が最善か、ということだと思います。確かに90歳のお年寄りを無理に見知らぬ「安全」な場所に移住させて、果たしてその人は長生きするのか、幸せな最期を迎えられるのか、考えさせられました。

 
福島原発事故の被災地を訪ねて
                                       中村 尚司
                                     2011年6月1日
南相馬市に赴く
 3月16日に『日経メディカル』のブログに医師の色平哲郎(龍谷大学非常勤講師)氏が次のように書いている。「いま、南相馬市が<陸の孤島>になっている。地震に見舞われ、大津波に襲われ、遭難者の捜索がやっと始まったところで、福島原発事故で<屋内退避>を命じられている。援助物資は福島市に届いているのだけれど、南相馬市を<汚染地域>扱いにして、車で40分もかかるところまで<取りに来い>と言われている状況だった。風評被害がひどい。同市の桜井勝延市長とは十年来の友人だ。昨日、彼は、夜のNHKニュースのなか、電話で窮状を訴えた。しかし、今日17日、直接電話で話してみると、状況はまったく改善されていなかった。国は、南相馬市を見離さないでほしい」これを読んで週末に、地震、津波および原発事故の三重苦の下にある被災地を訪問しようと思い立った。
 PARCの小池さんから、福島県建設事務所の二瓶宏孝さ んが南相馬市民の避難所に詰めていると聴き、さっそく連絡を取る。二瓶さんは、日本評論社に在職中、『経済セミナー』誌に連載していた拙稿の編集を担当していた旧知である。東京からUターンして県職員になっている。東北新幹線は、那須塩原駅まで運行しているので、駅まで迎えに来てくれるという。さらに桜井 市長との面談機会も設定してくれる。
  東京駅で東北新幹線に乗り換え、午後1時40分に現在の終着駅である那須塩原駅に着く。二瓶さんが迎えに来てくれ、国道4号線を北上する。運転席には、放 射線の計測器が置いてある。県庁職員で数年前からガイガー計測器を持っているのは、二人だけだという。郡山市内では、2マイクロシーベルト前後の放射線数 値が表示されている。そこかしこに、道路の亀裂や屋根瓦の落ちた家を散見する。しかし、神戸淡路震災に比べると、破壊の程度ははるかに小さい。郡山駅東口 のスーパーに行き、南相馬市秘書課から依頼のあったレトルト食品やジュースを買い車に積み込む。
  二瓶さんの実家は、地震で柱が2本折れている。余震であと2本折れたら、保険の全損扱いにある。私が泊めてもらっているうちに全壊したら困ると思いなが ら、余震のたびにビクビクする。夜、手作りの夕食をご馳走になりながら、二瓶さんから今回の災害の特徴について話を聴く。福島県浜通りの場合、宮城県と異 なり、地震と津波に加えて、原発の放射線漏れが最大の課題である。現在のところ、南相馬市でも放射線による被災はないが、原発の半径20キロ圏内、30キ ロ圏内、その圏外にまたがっているため、退避の実情が多様であり、見通しの立たない避難生活が住民を苦しめている。飯館村(30キロ圏外)と比較すると、 現実の放射線計測値は、相対的に低い。
 翌4月3日(日)の朝、4時半に起床する。気温は氷点下で寒い。郡山の日の出は、京都より30分くらい早い。二瓶さんが、おにぎりとみそ汁の朝食を用意してくれる。午前7時半に出発する。飯館村(3マイクロシーベルトを超える放射線を検知)を経て南相馬市に着いたのは10時 過ぎである。市役所は固い岩盤の上に建設されていて、震災による損傷はほとんどない。放射線の測定地も、1マイクロシーベルト前後で、郡山市や福島市より 低い。桜井市長は隣の相馬市に行って留守だった。東京からの救援物資を市役所の倉庫に降ろし、面談予定の12時まで被災地を訪問する。
  12時前に市役所に戻る。玄関前で前長野県知事田中康夫氏のチームが、パーキスタン風カレーの炊き出しをしている。小柄で痩身の桜井勝延市長が、簡潔に現 況を話してくれる。地震と津波による死者が、三月末現在で358名、行方不明が1140名もいる。約5千名の市民が市外に避難している。しかし、3月24 日以降は自宅に戻る世帯も増えている。当面の区域外就学希望が、約700件出ている。食料品店が開けない。郵便が届かない、金融機関が開かない、自由に市 内を往来したり、買い物したりできない現状を改めて欲しい、と政府に要請しているそうだ。
  原発から20キロ以内では、遺体の捜索や収容も思うにまかせないのが、深刻な問題である。政府や東電は3月末まで、放射線量の計測も発表もしていないの で、原発の風評被害が多い。そのうえ、ジャーナリストも電話取材ばかりで、40キロ以内に近づくのを恐れている。多くの子供たちが、ここに住んでいること を忘れて欲しくないという。杉並区長の厚意で提供を受けた、群馬県にある保養施設に避難している市民が増えている。
  JIPPO理事会における橘理事長の発言を引用しながら、京都で被災者の子供や患者の受け入れに努力すると伝える。別れ際に、「よく眠れない日が続くで しょう。長丁場になりそうですから、十分に休養をとってください」と声をかけた。「私はマラソン・ランナーですから、持久力があります」という返事が印象 的だった。

さしあたって応援すること
 5月初旬に再訪し、被災地物産を仕入れ、同月9日からJIPPOで販売を始める
 風評被害に負けないよう、6月1日から龍谷大学の深草および瀬田学舎でも販売。
 緊急に必要な支援物資を届ける準備(相馬高校のエアコン35台など)。
 屋外に出られない小・中学生に野外活動の機会を提供する(富山、長野、京都の施設)。
 蓄積放射線量が増える一方なら、被災地からの移住を手伝う。
 孤立する被災地住民との交流を深める。
 
放射性物質や累積する放出放射線量との共生が必要
 放射線は感染しないので、扱いは法定伝染病とは全く異なるはず。
 がん患者の放射線診療と治療に用いられる核種と線量は、10シーベルトを超える。
 核実験による大気圏への放出量は、チェルノブイリ事故による放射能放出の約370倍。
 おなじく福島原発における核燃料の存在量は、主要な放射性物質で比較して約51倍。
 情報を制限し、当事者の判断を無視する大本営と同じ手法で、一方的な避難指示をする。
 90歳以上の老父母を抱えた飯舘村住民の苦渋に満ちた決断。去るも地獄、残るも地獄。
 必要な情報を開示し、最低のライフラインを維持し、住民の判断にゆだねるべし。
 1945年以降の放射線医学の知見を参照すれば、妥当な線量基準は見つかる。
 年間1シーベルトをうけると、がん・白血病の発病確率が増加する。

福島県南相馬市の海岸に大津波が押し寄せる瞬間



南相馬市の大津波
2011.06.03 / Top↑




インドネシアと私
 先日、マイクロクレジットのモニタリングのために、インドネシアに行ってきました。
 インドネシアに初めて行ったのは、1995年。龍谷大学経済学研究科修士課程のころでした。『バナナと日本人』で著名な鶴見良行先生の教えを受けたくて、龍大に入った私は、インドネシアを自分の調査地に選びました。インドネシア語が簡単だからです。
 鶴見先生は、私の調査のために受け入れ先の大学や先生、現地に住んでる日本人の方を紹介してくれたお陰で、渡航準備も整った矢先の94年12月、鶴見先生は突然亡くなりました。ショックのあまり、しばらくはインドネシアに行く気持ちも失せ、途方に暮れていました。
 常に「小さな民」の目線で、「歩く見る聞く」をモットーに東南アジアを歩き続けた鶴見先生。そういう研究姿勢を引き継ぐ研究者を育てることに情熱を燃やしていた鶴見先生。今、私がやめてしまったら、鶴見先生の想いを無にすることになる。そう思い直して、出発しました。
 私が向ったのは中部ジャワ、そこで最も魅了されたのが、ジャワの市場でした。ジャワのパサール(市場)は「女の場所」。そこには見たことも無い野菜や果物、軽食、惣菜などが並び、元気な女性たちが商売を繰り広げていました。その多くは非常に零細で、夜明け前から夕方まで働いても米1kgも買えないということが分かってきました。「どうしてこんなに収入が少ないのか」その疑問を解くために、市場の女性小商人を研究テーマにしました。
 以来、16年、インドネシアに通い続けています。


パサールワルンラナンの女性たち
 調査の中心となる市場を探すのは、予想以上に大変でした。零細な商人が多い小さな市場は、外国人への警戒感が強かったのです。市場選びが難航して、困り果てていたとき、アンバラワという小さな町にある小さなワルンラナン市場を訪れました。「この野菜は何?」「どこから仕入れたの?」と拙いインドネシア語で尋ねても、皆、嫌な顔一つせず、答えてくれる。「これ食べてごらん」と手作りのお菓子をくれる女性もいる。他の市場とは明らかに違う受容的な雰囲気に触れ、この市場を調査地に決めました。
1年間の調査を終え、日本に戻って修士論文を書き、1997年、私は博士課程に進みました。間もなく、アジア経済危機が起こり、インドネシア経済は極めて大きな打撃を受けました。あの女性商人たちは大丈夫だろうか、危機の影響を調べるために、99年から1年間再調査に行きました。危機の影響は予想以上で、零細商人の多くが廃業したり、ただでさえ少なかった所得が半減したりして苦しんでいました。それを目の当たりにして、無利子の融資を始めたのです。
 95年当時、100名近かった商人は、大規模市場などに押されて、50名余りに減っています。高齢化も進んでいますが、貧しくて十分な医療を受けられず亡くなった女性も多いのです。現在、客で賑わうのは、1日のうち2時間ほどで、あとは、閑散としています。
 今回、もう一つ気がかりな話を聞きました。オランダ時代からある今の市場を新築するというのです。新築すると場所代や税金も上がります。零細な商人ほど販売できなくなる恐れがあります。市場を管理するスマラン県の職員に聞くと、大丈夫だと言いますが、俄かには信じられません。他の市場の新築では、多くの零細商人が排除されています。インドネシアは上から下まで汚職社会なので、賄賂が払えない者は、その危険が大きいのです。新築によって客が増えると言う期待も、あまり持てません。


284名のインドネシア人賛同人
 アンバラワでのわずか5日間の滞在中、284名の賛同人が集まりました。最初に賛同してくれたのは、イスラム幼稚園の先生方です。雇い止めで裁判をしているという話をすると、その場にいた先生全員が即座に賛同してくれました。写真を見ると、顔を隠し、ちょっと近寄りがたい感じですが、元気のいい女性たちばかりです。
次に私と長い付き合いの市場のおばちゃんたちに頼みました。「うちとお父ちゃんも賛同するって」「5人の子供がみんな賛同するよ」というノリで、すごい勢いで賛同人が増えていきます。地縁・血縁に基づくコミュニティがまだしっかりしている社会なので、ネットワークは強力なのです。
雇用継続を求める会のHP(http://skoyokeizoku.jimdo.com)の賛同人一覧を見てください。多くは商人、日雇労働者、農民、修理業などの零細な自営業者で、皆不安定で不十分な収入しかありません。医療保険も雇用保険も年金も生活保護も普及していないインドネシアは、持たざる者にとって、日本よりはるかに過酷な社会です。その中で苦労してきた人たちだからこそ、私の雇い止めの痛みを経験から理解して協力してくれるのです。
Terima kashi banyak, teman-teman Indonesia !! (インドネシアの皆さん、ありがとう)href="http://blog-imgs-38.fc2.com/s/k/o/skoyokeizoku/20110501233139166.jpg"
target="_blank">イスラム幼稚園の先生方



ワルンラナン市場の女性商人たち
2011.05.01 / Top↑
なめたらアカン女の労働!!
-京大雇い止め裁判の判決に寄せて-

  3月31日13時10分。京都地方裁判所305法廷は、立ち見の傍聴人に溢れていた。
京都大学時間雇用職員井上さん、小川さんの判決が下りる。
裁判官和久田氏入廷。固唾を呑んで見守る傍聴人。
「主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。2 訴訟費用は, 原告らの負担とする」
 ハぁー??? 全身の力が抜けていく。
ヨレヨレになって、集会会場までたどり着く。弁護団から判決の中身を聞くうちに、津波のように怒りが湧き上がってくる。非正規労働者・女性・学歴・職業差別に満ち満ちた不当判決だ。

1. 非正規労働者差別
弁護団によれば、京都地裁は、原告らが担当してきた業務は「家計補助労働、期限の定めのない契約を結ぶべき社会通念上相当な事情はない」、そのような労働は「労働契約が更新されなかった場合に労働者の生活そのものが崩壊するというようなことを想定しなければならない類型の労働とはいい難い」としている。
  冗談じゃない。
 2010年労働力調査によると、パートやアルバイト、派遣社員など非正社員が全雇用者に占める割合は、2010年平均で34.3%となり、比 較可能な02年以降で最大となった。正社員は25万人減って3355 万人となり過去最少に。非正社員は34万人増の1755万人で08年に次ぐ多さだった。非正社員の割合は男性18.9%、女性53.8%。非正社員のうち、増加が目立ったのはパート・アルバイトで、前年から39万人増の1192万人。
 この1192万人のパート・アルバイト労働者は、皆「家計補助」だと言うのだろうか?パート労働の女性の20%、男性の60%近くがパート収入を主な収入源としているというのに・・・パート労働で生計を立てるしかない女性や若年層の存在が見えないのだろうか?
 少なくとも、原告の井上さん、小川さんは明らかに京大図書館の時間雇用で生計を立てていた。彼らにとってこの仕事は家計補助ではないことを、裁判官が知らぬはずは無い。
 また、家計補助であれば、いつクビにされてもいいというのは、パートやアルバイトの労働者としての権利を否定し、差別していることになる。

2. 学歴・職業差別
 和久田裁判官も京大出身。判決では「京大卒の原告らが家計補助的労働にしか従事できない客観的かつ合理的な事情はうかがえず、どんな世界観・人生観でこうした就労形態を選択したか不明」とも述べた。
 京大卒の男性たるもの、パートやバイトなんぞするな。裁判官のような「立派な」職業に就けと言うのか。逆に三流大学や高卒の人間は、パートやバイトなどの不安定雇用でも仕方が無いというのは、学歴による職業の貴賎上下を認めていることにならないか。
  また、雇用不安の中、いまや東大を出ても就職が見つからない人もいるということもご存じないらしい。 
 たとえ好き好んでパート・バイトを選択したとしても、それは憲法で保障された職業選択の自由である。私もかつて自ら公務員を辞めた。イジメ、パワハラ、過労で入院したときに、安定と引き換えに人生を差し出すことは出来ないと気付いたからだ。人は生きるために働くのだ。働くために生きるのではない。

3. 女性差別
2010年労働力調査によると、女性の非正規労働者のうち女性のパート・アルバイトは933万人、男性は259万人とパート・アルバイトの78%は女性が占める。ちなみに私のような契約・嘱託(有期雇用)は女性151万人、180万人であり、男女とも増加している。
 男は稼ぎ手、女は主婦という近代家族モデルによって、女性の労働は家計補助とされ、買い叩かれてきた。また、介護、保育、家事労働などの労働は、無償の主婦労働の延長、女なら誰でも出来る労働とみなされ、低賃金に置かれている。経済のグローバル化とともに、労働力の女性化が進行したのは、女性労働が安いからだ。しかも女性は従順で真面目、男のように争議を起したり、逃げ出したりしない。
 しかしこの近代家族モデルはとうの昔に崩壊している。私が長年調査を行ってきたインドネシアを初めとする途上国の貧困層では、女性が稼ぎ手している。海外出稼ぎハウスメイドも、工場労働者も、物売りなどのインフォーマルセクターも、女性である。その背景には男性の不完全・不安定就労問題がある。安価な女性が求められるがゆえに、男の仕事が無くなる。男の稼ぎが当てにならないから、女はさらに稼ぎ手化する。海外出稼ぎなどの危険を冒しても、極めて収益性が低い商売でも、家計を支える女性には選択の余地など無い。
 日本においても雇用が不安定になり、若年層男性まで親の存在を前提として、家計補助的なパート・アルバイトが正当化される。マリア・ミースが言う「主婦化」である。企業利益のために、賃金・労働時間・権利などの面で労働が劣化し、限りなく主婦の無償労働に近づいている。
 「女工哀史」のころから、資本によって女性労働は「家計補助的」として搾取の対象とされてきた。今や、その動きは若年男性にまで及んでいる。それを裁判所がそのまま認めるとは・・・
 これは1755万人の非正規労働者の切り捨てであり、933万人の女性パート労働者への侮辱である。こんな判決に泣き寝入りするわけにはいかない。

しかし、すべての裁判官が、こんなに「非常識」ではないと信じたい。
幸い、私の訴訟の裁判官は、京都新聞COM雇い止め事件で「雇い止めは無効」という画期的な判決を書いている。私の雇い止めについても、公正な判断を期待している。
2011.04.05 / Top↑
なんで有期雇用なん!?リターンズ@京都 大成功!!
 2月19日龍谷大学大宮学舎で開かれた今年のなんなん集会。
100名以上の参加者で、会場は熱気が溢れていました。
集会後のデモも大いに盛り上がり、その後の懇親会も賑やかでした。

有期雇用の問題点を訴える、反対の意思を表明する、雇い止めのノウハウを議論する

でもそれだけじゃないんです。
「なんなん」のすごいところは、集会そのものが面白い、楽しいということ。
それってこの種の集会では、非常に珍しいと思います。
熱いライブと歌を盛り上げてくださった釜凹バンドの皆さんの力によるところが大きいです。

シリアスな問題を扱う集会でも、こんな風に参加者が楽しめるなら、多くの市民、若者を牽きつけ、運動の裾野を広げることができると思います。ちょっと手前味噌かもしれませんが・・・
 参加してくださった皆さん、ありがとうございました。

以下は、集会の呼びかけ文です。
雇い止めに瀕している貴方へ、私が心を込めて書いた連帯メッセージです。

あなたは、決して一人ではないと・・・

なんなん集会呼びかけ文
もうすぐ、雇い止めになる貴方へ
 
――貴方も雇い止めになってしまうんだってね。

つらいよね、悔しいよね、文字色途方にくれているんだね。私もそうだったからよく分かるよ。
でも、あきらめてはいけない。私たちといっしょに闘おう。

――クビになって声を上げるなんて恥ずかしいって?

私もそう思ってた。自分の失業を公表するなんてって。でも気付いたんだ。人間としての尊厳を踏みにじられて黙っていることの方が、ずっと恥ずかしいことだって。

――闘う余裕なんて無いって?

今、おとなしく雇い止めを受け入れて引き下がって、幸運にも次の職がみつかっても、所詮有期は有期・・・3年後、5年後にはまた放り出される。どんなに貴方ががんばって働いても、それが評価されることはない。際限のない有期雇用の繰り返し、出口なんて一生見つからないんだよ。

――有期雇用しか見つからないのは、自分のせいではないかって?

何度も不採用になると、そう思ってしまうよね。私も何十と応募しては落ちた頃、自己評価が下がり、鬱病になるほど悩んだよ。でも自分を責めてしまったら、雇用者側の思う壺だ。
考えても見て欲しい。一つのポストに100人以上の応募があるんだよ。99%が落ちるのは、果たして自己責任だろうか? 椅子取りゲームの椅子の数が絶対的に足りないのは、社会の責任ではないのか。
 
――大学の経営状態が悪いから、有期でも仕方がないって?
そういう大学に限って、非正規雇用で人件費を浮かして、数十億の設備投資に走り、巨額の内部留保を溜め込んでいるじゃないか。浮かせた人件費で学費を下げたとか、経営が苦しいから正規職員や専任教員の給与を減らしたなんて話を、貴方は聞いたことがあるだろうか。

――声を上げたって、負けるに決まってるって? 
確かにそうかもしれない。でも黙っていては決して変わらない。それどころか悪くなる一方だ。世間では安定職だと思われている大学教職員が使い捨てにされている実態を、知ってもらわなければいけない。
刀折れ、矢尽きるまで闘い抜いた敗北は、屈辱に甘んじる「平穏」より、数段価値があると私は思う。

一人一人の闘いは、ささやかでも、私たちが手を取り合えば、それは大きなうねりになる。
連帯の力を信じて、私はいつでも貴方に手を差し伸べる。
貴方の勇気を信じて、私は何度でも貴方の心に届くまで呼び掛ける。
――さあ、いっしょに闘おう。



2011.02.21 / Top↑
2011/02/19 「なんで有期雇用なん!?」リターンズ@京都
―大学非正規労働者の雇い止めと闘う緊急集会

~~教育を支える仕事をしている人たちが、「○年でくび」でいいの!?~~

 
昨年に引き続き、2回目になるこの集会。今回はなんと龍谷大学大宮キャンパスで開かれます。集会後は、デモも予定しています。昨年以上に盛り上がるのではないかと期待しています。
 集会の詳細は「なんで有期雇用なん」ブログhttp://nandenan0227.blogspot.com/
をご覧ください。

 大学の雇い止めに限らず、現在の日本の雇用状況はひどいことになっている。

平成23年1月31日 時事通信によると
◎若年層の失業率悪化=フリーターも増加の恐れ─総務省の労働力調査
 総務省が28日発表した労働力調査によると、2010年平均の年齢層別完全失業率で大半が改善か横ばいとなる 中、15~24歳の若年層は前年比0.3ポイント上昇の9.4%となり、悪化が際立った。長引く不況による新卒者の就職率低下が影響しており、失業者に加 え、10年以降はアルバイト・パートとして働くフリーターもさらに増加する恐れが強い。政府は新卒者への就職支援を強化しているが、若年層の雇用環境は容 易に改善しない可能性もある。
 15~24歳の平均失業率は「就職氷河期」だった1999年から04年まで、9~10%の水準で推移。その後は景気回復でいったん改善したが、09年は リーマン・ショック後の不況の影響で5年ぶりに9%を突破。新卒の就職率急落で氷河期の再来が指摘された10年は、さらに悪化した格好だ。
 一方、職業スキルが蓄積されず賃金も増えないなど、ワーキングプア(働く貧困層)の温床ともみられているフリーターは09年を機に再び増勢が強まってい る。若年層のフリーターは03年に最大の119万人に達した後、減少傾向に転じ、08年には83万人まで低下。しかし、09年は87万人と6年ぶりに増加 した。
また、2010年8月に発表された総務省統計局の〈労働力調査ミニトピックス〉によると、15-24歳の完全失業率は、2010年6月に過去最高となる11.1%に上昇したという。完全失業者の内訳をみると、学卒未就職者が6月になっても減少せず、高水準となっている。

 これは革命が進行中のエジプトの失業率8.8%(出所:エジプト中央銀行)より高く、先に革命が起きた13.3%(2010年、チュニジア国立統計局:ILO基準)に近い数字である。

青年モハメッド・ブウアジジ (Mohamed Bouazizi)氏は大学を出ていたが不安定な青果物の行商をしていた。市の警察は許可証をもってないとして商品を取り押さえいたという。彼の妻や子供たちも高圧電柱に登り住宅と仕事を政府の責任者に要求し、自殺すると宣言していたらしい。ブウアジジ氏の死は特に失業率の高いチュニジア市西部などで暴動を引き起こしており今後さらに抗議の暴動は激化するものと見られている。「ヌーベル・オブセルバトワー誌fr.」などが伝えた。

なぜ、日本の若者は怒らないのだろう? 

日本に限らず、アメリカなどの資本主義が極度に発達したいわゆる「先進国」では、チュニジアやエジプトのような独裁者は「顔の見える」形で存在しない。経済界・大企業が、影のゆるぎない独裁者である。政治家も役人も司法もメディアも、この独裁者のために働く。だから自民党が政権を取ろうが、民主党だろうが、大企業の傀儡に過ぎない。労働者が企業の利益のために使い捨てされても、厚生労働省も裁判所も権利を守ってはくれない。それは雇用者に優しい派遣法や判例を見れば明らかである。

しかも「マインドコントロール」が行き届いているので、職が無いのも雇い止めも自己責任だと思わされている。それは「頑張れば夢は叶う」という言説とセットになっている。つまり失業してるような連中は、努力が足りないという訳だ。クビをきった人間の責任は問われない。世の中には貧困、格差、差別など努力ではどうにもならないことに溢れているというのに・・・

日本の若者は、もっと怒ってもいい、いや怒るべきだと思う。
一人ひとりの怒りのエネルギーが結集するとき、それが変化に繋がる。
今度の「なんなん集会」に続くデモでは、「チュニジアに続け」「エジプトに続け」と叫びたい。
2011.02.08 / Top↑

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